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日本が世界に誇る名車といえば、

トヨタの2000GT。てっきりそう思っていました。


上記は伊香保にある「おもちゃと人形 自動車博物館」での一枚ですが、他にも石川県小松市にある、

「日本自動車博物館」にも展示されていましたし、メガウェブにも、

展示されていました。

「魔方陣スーパーカーミュージアム」にも、

展示されていましたし、サクラオートヒストリーフォーラムなど、

各種イベントには、

「顔」の一つとして登場するのが常です。

そんなイベントの一つ、2012年度の東京オートサロンにも当然、

ソーラー電気自動車として登場していましたし、マツダのロードスターが、

龍妃と名を変えて2000GTに変身したりと、やはり顔の一つでもありました。

そして春先、旧車が街に溢れる季節ともなると、路上駐車して何やらご機嫌でお手入れするオーナーと並ぶ姿さえ、

どこか絵になる、そんな車です。

また、夏も終わり、秋色が次第に濃くなっていく束の間の旧車日和に、

路上駐車しているだけでもやはり絵になります。

そういう意識を当たり前に持ち、「スーパーGTプラス」という自動車番組を見ていました。その日はオートサロン特集をしていた回で、ゲスト出演はレーシングドライバーのロニー・クインタレッリ氏。日本に来てもう10年も活躍しており、2011年のスーパーGT500クラスチャンピオンでもあります。そんな彼が2000GTに姿を変えている、

ロードスターを見ていたときのワンシーンが次の通りです。

MC中尾君 「ロニーさんはその前に知ってますか、トヨタ2000GT?

ロニーさん 「まっ、もちろんあのー、聞いたことあるんでー、でもぉ…

MC中尾君 「知らないんでしょ!

ロニーさん 「シッ!!

慌てて「このシーンはカットで!」という動き…(しかもしっかり放送されてます)。いやぁ、このやりとりを見て驚きました。車に全く興味がなかったときの疎い私でも2000GTはぼんやりと知っていました。日本が誇る名車であると。数々の世界記録を打ち出していたことも後に知りました。でも、ロニーさんは関心が薄かったご様子。もちろん2000GTにだけ偶然興味がなかったという可能性もありますが、それにしても私の小さな常識を揺さぶるには十分でした。

そして色々と考えてしまいました。ひょっとして、2000GTをありがたがってるのは日本だけだったりするのでしょうか。谷田部のスピードトライアルで複数の国際記録を樹立しましたが、それは海外の自動車業界からすると実はどうでも良いことだったのでしょうか。そういえば、フジヤマのトビウオこと古橋廣之進氏が日本国内の大会で次々に世界記録を更新し始めたとき、「日本の計測機器は不正確なんだろう」とすら言われ、敗戦国扱いが抜けきらない世界からは半ば白眼視されていました。2000GTの記録もまさかそのような扱いだったのでしょうか。では、日本を代表する車って何なのでしょうか。ある日突然この地球上から日本車だけが消え失せた場合、世界の人たちは何をもって日本車を記憶するのでしょうか。デザインでしょうか、あるいは燃費? はたまた壊れにくさなのか、ディーラーサービスなのか。

何より、そもそもの話として「日本的な車」とは何なのでしょうか。日本車が世界でこれだけシェアを獲得できた理由をそのまま「日本的」とすることもできそうですが、それは本当に「日本的」なのでしょうか。日本的というのはあくまで結果論であって目指すようなことでもないとは思いますが、それでも日本的とは何なのでしょうか。

そんなことをとめどなく考えていると、そもそも自動車で日本的というお国柄を表現するというのは、そのスタート地点からハンデがあるように思えてきました。

凄く遠回りなたとえ話をしてしまうと…。

「月」が冠されたピアノ曲はいくつかあります。誰もが聞いたことのある曲だと、ベートーベンの「月光 第一楽章」、同じく「月光 第三楽章」、そしてドビュッシーの「月の光」。ベートーベンについては後世に名付けられたのですが、それでも確かに月を表現しています。ただ気になるのは、これらのピアノ曲で表現されるのはどれもこれもが「西欧の月」であって、「日本のお月様」ではないことです。

ベートーベンの月光はその名の由来が「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟」だけあって、第一楽章は確かに時間の流れがゆるやかな月夜の湖という感じです。しかし、湖といってもこの曲を聴きながら月夜の琵琶湖を想像することはできません。西欧の湖を直接に見たことなどないのですが、それでもこの曲から想像してしまうのは西欧の湖です。次に第三楽章は、まさに狂気のlunatic。月明かりを浴びると精神に異常を来すといわれたそのラテン語の語源通りです。この曲を聴いても日本の月夜の狂気は思い浮かびません。満月のもとで活躍する妖怪を想像することもできません。何となく切り裂きジャックが現れそうな光景。何かに追われるようにロンドンの薄暗い裏通りを逃げ回る誰かを照らす月明かり、そんな感じです。ドビュッシーの月の光についてもやはり同じで、森の中、霧のように降り注ぐ月の光が思い浮かぶものの、そこに寺社仏閣の姿を重ね合わせることができません。

結局、音を奏でるピアノ自体が既に西欧そのものな楽器なので、それを使って有名な日本の曲を演奏しようが和音階を駆使しようが、スタートの時点が西欧なので「日本的な何か」を表現しようにも限界が生じます。

ようやく話を自動車に戻しますと、自動車も言ってみれば西欧、あるいは欧米の物差しで生まれた乗り物です。わかりやすく乱暴に「自動車で日本らしさを表現する」という切り口で見た場合、内装に竹を盛ろうがシートやダッシュボードやピラーまでをも西陣織張りにしようが、そもそもの器となる自動車が西洋からの借り物の尺度なので、限界があって当然なのだと思います。特に顕著なのが、デザインではないかと。

サバンナGTを買って楽しみたい、そんなことを考えている私にとってカーグラフィック誌のような当時の自動車雑誌が日本車に浴びせていたデザイン評は結構厳しいものがあります。たとえば1979年12月号のコラム「国産”フォーマルカー”を考える」にて。「国産車のスタイリングは、モデルチェンジとともに少しは改善される傾向にある」としながらも、それでも「”小さくけばけばしいアメリカ車”以外の何物でもない」「時代遅れのフォードの模倣」「スタイルは揃って一世代前のアメリカ車のイメージを追い」「小さいだけのアメリカ車に何の魅力も価値もない」「時代遅れのアメリカ車の縮小版」「どのメーカーも我先に角型ランプに飛びついて」「BMWコンプレックスまる出しの車」などなど、改善されてもこれだけ酷評されています。では改善される前はどうだったかというと、「不可解きわまりない曲線で神経を逆なでする」「一時代前のクライスラーのよう」など、改善されてからのほうが酷評されてるように感じますが、ともかく論評に値しないという様相です。

もちろんそんなことでへこたれる私ではありませんが、意識の高い方々からすると批判は実際ご指摘の通りなのでしょう。日本が自動車へ本格参入した時期を考えれば、そう言われても仕方がないようにも感じます。

ヤナセの二階にあるミュージアムスペースへ足を運び、

ベンツのパテント・モートル・ヴァーゲンに出迎えられたとき、ふと思います。これは馬車から馬をなくしただけのいわゆる「馬なし馬車」デザイン。1885年に世界初のガソリン自動車として産声を上げたまさにそのモデルですから、自動車の原点そのものと言えます。

そして所変わってトヨタ博物館。こちらにはモートル・ヴァーゲンの他にも、

ベンツのヴェロが佇んでいます。1894年の自動車で、もちろん馬なし馬車デザイン。

さらに所変わって、那須のクラシックカー博物館。同じく入ってすぐ左手に馬車から馬がいなくなったデザインが視界に入ってきます。

オールズモビルのカーブドダッシュで、1903年製です。

また、その隣にも同じく馬なしデザインの、

ド・ディオンのブートンが佇んでいます。こちらは1901年製です。

これらは自動車の原点となるデザインですが、その時代を紐解いて日本車の姿がないということはありません。トヨタ博物館には1907年生まれの純日本産の、

国産吉田式”タクリー号”(模型)があります。それなのになぜか、この馬なし馬車のデザインは日本のものではないという気がしてしまいます。この時代のデザインには著作権や意匠権という概念はありませんし、デザインは誰のものかというのも難しい話になりますが、それでも馬なし馬車は馬車の延長線上ということもあり、「欧米のもの」という印象がぬぐえません。これらを見るたびにどうも安直に、ああ、外車には帰るべき場所があるんだな、などと感じてしまいます。

この馬車時代だけではなく、他にも流線型の時代やテールフィンの時代、スポーツカーの時代にコンパクトカーの時代、SUVの時代等々、いろいろな流行や時代の波とともにデザインの地平も開かれてきたのだと思います。そのときどきの黎明期で確かな足跡を刻むことができれば、「あのデザインといえばあそこ」ということになれるのかもしれません。

日本的なデザインということから始めて思いつくままに書き始めたので国単位を前提にデザインを考えていましたが、国単位よりもメーカー単位のほうがわかりやすいかもしれません。自動車に全く関心がなかった私が突如興味を持ち始めたばかりの頃を思い出してみると、「あれはどこのクルマか」ということを考えるときにその判断材料のほとんどをグリルやエンブレム(オーナメント)に頼っていました。グリルやエンブレムがブラックアウトされてしまうとどこのメーカーなのか見当も付きません。今でも「この車のエンブレムとグリルがなかったら…」と考えて心許なくなる車はたくさんあります。ただ、グリルやエンブレムがなくともすぐわかるだろう車は、輸入車メーカーに偏っているように思います。ひとえに私の勉強不足ということも間違いなく影響していますが…。

また、そんなに多くの車の内装を見たわけでもない私ですが、内装についても似たような気持ちになることがあります。ベントレー・ニューコンチネンタルGTの、

V8の内装を見ていたり、あるいはアストン・マーティンの

ラピードの内装を見ていると、「これぞまさに英国車伝統のデザイン」だとか「英国流の意匠」などとわかったようなことを考えてしまいます。ダッシュボード全体が革を前提としたデザインとなっているからです。たとえばドイツ車でも上級グレードになればダッシュどころか内装ほぼ総革張りとなって上質な革に包まれています。そして見た目も質感も確かにすばらしいのですが、それでもそれらは合成樹脂を前提に生産されている通常モデルの合成樹脂部分を革に取り替えただけとも言えます。上記ベントレーやアストン・マーティンの場合、センターコンソール両脇を走る二本のラインが基調となるような、革しか想定されてない、革ありきのデザインとなっています。設計の出発点から異なっています。革を前提にしているので、革のステッチなども映えるデザインです。仮にこのコンチネンタルやラピードのインパネを合成樹脂にして値段を300万円ほど安くした廉価モデルを…なんて想像しようにも想像できません。合成樹脂では到底成り立たない意匠だからでしょう。

ただ、漠然と「ああ、英国車らしさに溢れてる」などと考えたりするものの、英国車すべてがそうというわけではなく、むしろそういう確固たるコテコテの英国アイデンティティを覚える内装は上記二社くらいです。同じ英国メーカーであるマクラーレンの

MP4-12Cなどを見ると、「英国流」というよりも「ああ、マクラーレンだな」と頭の中で割り振ってしまいます。いずれにせよ、内装を見て「○○の文法にのっとった」という定番の形容句が頭を過ぎるのは、やはり輸入車に多いです。

という具合に、日本的デザインをダシにして非常に強引に一通り嘆き悲しんでみたわけですが、嘆きつつも自分に対するツッコミが次から次へと思い浮かんできて止まりません。上記に対する反証ということで、それらもまとめてまた別の機会に書いてみようかと。すぐ書くと何だか破綻した話になるので…。そしてその他、もっと短く軽めのもポンポン増やしたいと思います。

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