BMWの507ロードスターです。BMW史上屈指と言っても良いほど、優雅で上品な姿をしています。どこか耽美的でもあります。
こちらは堺市ヒストリックカーコレクションの一台で、
旧居留地フェスティバルの出し物として三井住友銀行神戸営業部前に展示されていました。
そもそもクーペモデルはなくオープンのロードスターのみなので、正式にはロードスターという呼び名は付かずにシンプルに”BMW507″となります。ただ、日本語に限らず英語圏でも507roadsterで親しまれています。
ただならぬ車であることを予感してのことではないでしょうが、エルヴィス・プレスリーやジョン・サーティースも507を愛車として選びました。ただ、マッチョの象徴でもあるエルヴィス・プレスリーと、繊細でどこか儚い印象すらある507ロードスターの組み合わせは…ミスマッチの美学でしょうか。
エルヴィス・プレスリーは愛車といってもリース契約で、米国陸軍に徴兵されて西ドイツで兵役に服していた際、まず白の507をBMWからリースします。当初はリース契約と知らず購入したものと思っていたようですが。
その後、白いボディが災いしてか、507のボディにはファンの電話番号やメッセージが大量に書き込まれて修復不可能に。そのため、赤の507へと交換して同じく西ドイツで愛用しました。このときの白い507がウルスラ・アンドレスにプレゼントされたと広く信じられていますが、これは事実ではありません。
507ロードスターは米国向けに当初一台5,000ドルで年間5,000台を輸出予定でした。しかし、一台当たりのコストがかさみすぎて計画通りには進まず、最終的には一台10,500ドルにまで跳ね上がりました。総生産台数も1956年から1959年のわずか252台のみとなり、まさしく佳人薄命と言えます。
しかも、10,500ドルに跳ね上がった価格でもバーゲンプライスだったようで、一台作るごとにBMWに大きな赤字をもたらし、当時のBMWを破綻の瀬戸際に追い込むことになりました。
そんな薄命な美人のボディサイドにある
エアインテイクらしき意匠はZ3やZ4に受け継がれています。スタイリングも古典的な美しさを継承していますから、Zシリーズが507の系譜ということでしょうか。
逆にこの507のご先祖様を辿っていくと、
501となります。こちらは石川県小松市にある日本自動車博物館に展示されていた一台ですが、予備知識なしにはこちらの車両と507を結びつけるのは困難に思います。
さて、507はその内装も、
やはり品のある色使いですが、シフトレバーをよく見ると、
この場所では操作に不便があるのではないかと思ってしまう配置です。
シルバーの507ロードスターを並行輸入できるという日本語のホームページがあったのですが、その車体価格だけで89万ユーロを超えていて、円高のこのご時世に日本円で9000万円超となっています。円高になる前は軽く1億円超のプライシングでした。
507はそこまで高いのかと思って調べてみると、確かに高かったです。今年の一月にアリゾナで行われたオークションでは、1959年製の黒い507が99万USドルで落札されていました。
この堺市所蔵の507も含めて、
日本には現在二台しか存在していないようです。どうりでどの博物館に行っても見かけないわけです。もちろんイベントでも目にしたことはありませんでした。
1950年代にこのような逸品を世に出した背景には、メルセデス・ベンツ300SLへの強烈な対抗意識がありました。300SLに感謝したい気分です。
キドニーグリルだけを見ても、
上品そのものです。近づけば近づくほど、
鼻高々な逆スラントノーズをしています。
ボンネットの意匠も、
やはりどこか優美です。
エンブレムの”BMW”も、
老舗カリグラファーが好みそうな書体をしています。
次に見られるのはいつになるかわからない車ですが、
またじっくり鑑賞したいものです。
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