Blog


自動車用レザーシリーズ第三弾となる今回は、自動車用レザーを考える上で欠かせないフルグレインレザー、ナッパレザー、セミアニリンレザーの三つについて考えていきます。それぞれの一般的な定義と自動車業界での定義とではズレが生じているのでご注意願います。

フルグレインレザーとは何か

まず、フルグレインレザーの一般的な定義から見ていきます。

フルグレインレザーとは一般的に、銀付きレザーのことを指します。銀付きレザーとは、銀面、つまり原皮の表面が残っている革のことで、もっと言うなら毛穴が確認できるレザーを意味します。

一例として、私が愛用しているgentenのトートバッグを見てみます。次の

画像をクリックし、マウスのホイールを回して限界まで拡大していただきたいのですが、はっきりと、

毛穴が確認いただけると思います。このように、原皮の表情が残っているレザーのことをフルグレインレザーと呼びます。

しかし、この定義がどの業界のレザーにも当てはまるわけではありません。恐らく、言及する人や会社、そして書籍によって定義は微妙にずれているはずです。

たとえば、表面にバフがけ(ヤスリがけ)がなされていたとしても、毛穴の表情が残っていればフルグレインと呼ぶ人もいますし、たとえ毛穴が確認できてもバフがけされた時点でフルグレインを名乗れないと考える人もいます。ただ、自動車用レザーに関していうなら、毛穴の表情が確認できればもうフルグレインレザーで通っています。

レザーは非常に多くの用途に用いられる素材ですが、中でも自動車用レザーには大変厳しい基準が求められています。真っ白なシャツを着た汗っかきの人が真っ赤なレザーシートに身を委ねて汗をかき続けてレザーの色がシャツに移ってもクレームになります。これでは工業製品として商品にならないからです。炎天下のダッシュボードは90度近くにまで上昇しますが、それでダッシュに張られたレザーがあっさりひび割れてもやはりクレームです。

耐候性、耐熱性、摩擦堅牢度、収縮、臭いその他の厳しい基準をクリアするため、自動車用レザーには相矛盾するような要求が突きつけられ、それらに対する創意工夫が詰め込まれています。

そのような自動車用レザーに対して「これ、こういう後処理をしてるからフルグレインじゃないです」という狭い定義をかぶせてしまうと、自動車業界にはフルグレインレザーが存在しないことにすらなりかねません。

自動車業界で世界でも指折りのタンナーの営業職と技術職双方の方にうかがっても、やはりライトバフ程度で毛穴が確認できるならフルグレインと言ってしまうこともあるとのお答えが返ってきます。

ちなみに、フルグレインレザーは型押しの有無とは無関係で、たとえ型押しがなされていたとしても、銀面が残っていればフルグレインレザーとなります。

ナッパレザーとは何か

次に、各自動車メーカーで上級オプションにもよく顔を出す「ナッパレザー」について見ていきます。ナッパレザーとはどのようなレザーなのかについては、フルグレインレザー以上に厳密な定義付けが困難になっています。

以前もダッシュボードの記事で触れましたが、ナッパレザーとはそもそもはアメリカはカリフォルニア州にあるナパ(Napa)のタンナーで鞣されたレザーだけを指していました。原皮は山羊と羊で、ミョウバン鞣しと植物タンニン鞣しのコンビネーション鞣しによるフルグレインレザーだったと言われていますが、この鞣しの具体的なレシピについては詳細が残されていません。このナッパを生み出したレシピは、ドイツから移住してきたEmanuel Manasseによって1875年に考案されています。柔らかさと同時にしなやかさと耐久性も備えており、当時は手袋用に重宝されたレザーでした。

これが元来のナッパレザーだったのですが、現在の定義はもっと広がり、「柔らかいフルグレインレザー」であればナッパレザーとして許されている状況です。原皮は山羊や羊だけでなく、牛でも問題ありません。

先ほどフルグレインレザーの毛穴画像で説明したgentenのトートバッグに使われているヌメ革は、とても堅牢で頑丈で硬めのレザーです。そのため、フルグレインレザーではありますが、ナッパレザーではありません。

今、同じく愛用しているピッチーノのブックカバーを見てみます。こちらも

画像をクリックして最大限にマウスのホイールを回して拡大していただきたいのですが、genten同様に、

はっきりと毛穴が確認できます。そしてこのブックカバーはタッチ感も申し分なく、非常に柔らかいです。つまり、フルグレインレザーで柔らかいので、これはナッパレザーとなります。ピッチーノも公式HP上で「イタリアンナッパレザー」として取り扱っています。

ナッパレザーはナッパレザーが生み出された当初の定義を離れ、現在ではこのように柔らかいフルグレインレザーであればナッパレザーで通っています。

元来は登録商標だった”Saran Wrap(サランラップ)”が社会に浸透して”saran wrap”と普通名詞になり、同じく本来はフーバー社だけの電気掃除機を指していた”Hoover”が今では”hoover”として電気掃除機全般を指すようになり、はたまた”Kleenex(クリネックス)”という商標がやはり生活に浸透した結果”kleenex”としてティッシュペーパー全般を指すようになったがごとく、”Napa leahter(Nappa leather)”も本来の定義を超えて柔らかいフルグレインレザー全般を指すようになっています。

そして、広く浸透してしまったがために、「ナッパレザー」の構学上の正確な定義はできなくなっています。「フルグレインで柔らかいレザー」という一般的な定義に加え、さらに「原皮は生後一年未満の仔羊か仔牛でなければならない」とする方々もいます。フルグレインレザー同様、ナッパレザーに関わる業界によってその定義は微妙に異なっているので、ナッパレザーの定義を完全に統一することは不可能でしょう。

そして、やはりフルグレインレザー同様に、厳しい基準が求められている自動車業界ではナッパレザーについても一般的な定義とは一致しない部分があります。

まずフルグレインレザーか否かとして見た場合に、一般的な基準と自動車業界の基準のどちらで見ても明らかにフルグレインではないけれども、柔らかくてしなやかで耐久性に優れてさらに手触りも素晴らしいという高級な自動車用ナッパレザーも存在します。このあたりが自動車業界の非常に面白いところでもあります。自動車業界のレザーは独自の進化を遂げていると言っても良いでしょう。

セミアニリンレザーとは何か

最後に、セミアニリンレザーについて考えていきます。

「アニリンレザー」は染料のみで仕上げたアニリン仕上げのレザーで、
「セミアニリンレザー」は染料が主体ながらも顔料も薄く塗装したセミアニリン仕上げのレザーで、
「ピグメントレザー」は顔料だけを塗装した顔料仕上げのレザーとなります。

顔料には原皮が持つ傷を隠したり耐久性を持たせる役割がありますが、塗料なので厚塗りが過ぎると原皮が本来持っている豊かな表情は失われ、手触りも硬めになります。

アニリンレザーはそのような顔料を一切使わないので、原皮に傷が無ければその素晴らしい表情を活かしてあげることができますし、染料独自の透明感のある色味も楽しめます。もちろん、原皮が本来持つ手触りも風合いも維持できます。しかし、顔料が使われていないがために摩擦に弱く、色落ちやひっかき傷など日々の利用には細心の注意が必要になります。

はっきり言ってアニリンレザーは日常のハードユースには向いておらず実用性も乏しいレザーなのですが、デセデ社の

DS-47のように、顔料を全く使わないアニリン仕上げだけれども、ソファーとしては異例の年齢と厚みである

5歳牛の

5mm厚の原皮というウルトラCで耐久性を確保している会社もあります。

ただ、これはもう異例とも言えるソファーなので、為替変動に応じて価格設定をしている大塚家具へいつ足を運んでも、200万円を下回ることなどまずないようなソファーです。アニリンレザーは本当に特別なレザーなので、レザー好きな人たちがアニリンレザーのことを「ピュアアニリン」と呼ぶとき、そこには若干の畏敬の念も込められています。

以上のような、風合いは申し分ないけど耐久性に乏しいアニリン仕上げと、風合いは乏しいけど耐久性は申し分ない顔料仕上げのいいとこ取りを目指したのがセミアニリン仕上げとなります。原皮が本来持つ風合いを活かしつつも耐久性も備えようという、これが完璧に実現できればまさに理想的なレザーです。

そして、自動車業界ではセミアニリンレザーとナッパレザーが同一視されることもある一方で、セミアニリンレザーとナッパレザーそれぞれを別ラインナップで用意してセミアニリンをより上位に設定したり、あるいはナッパを上位にしたりというメーカーまでありますが、これらは全て少しおかしな話になっています。

これも以前の記事で触れましたように、セミアニリンは色付け視点からの分類で、ナッパは柔らかさと銀付き視点からの分類となります。

ナッパレザーがセミアニリン仕上げを施されているならそれはナッパレザーであると同時にセミアニリンレザーでもあります。

逆に、たとえセミアニリンレザーであってもとても硬くてお世辞にも柔らかいとは言えないレザーであるなら、それはナッパレザーを名乗れません。

「ナッパレザーvs.セミアニリンレザー」という類の比較行為は、基本的に比較軸がかみあっていません。

自動車業界のセミアニリンレザー

さらに、自動車業界のセミアニリンレザーを考えるために、レクサスのLアニリンレザー(エルアニリンレザー)を題材にしてみます。

レクサスの

Lアニリンレザーとは、従来のセミアニリンレザーよりもさらに上質なレザーを目指して開発されたレザーです。世界中の名だたるタンナーの中からこのレクサスの厳しい要求に応えることができたのが、イーグルオタワです。世界一の規模を誇る自動車用レザーメーカーでもあります。

LアニリンレザーはレクサスLSのLセレクト後席にのみ設定されるレザーで、わかりやすく言うと「極上のセミアニリンレザー」です。

まず、Lアニリンレザーの

シルクゴールドの

上記画像をクリックして、最大限にマウスのホイールを回して拡大してみてください。

毛穴の痕跡はうっすら確認できるものの基本的に毛穴は埋まっており、この記事の冒頭で見たgentenやピッチーノと違い、何かしら盛られていることも確認いただけるかと思います。

同じく、Lアニリンレザーの

ヌーディッシュベージュの

表面を拡大しても、綺麗に毛穴の表情は維持されていますが、やはり盛られていることがわかります。

このLアニリンレザーをまず「銀面が残っているか否か」というフルグレインの区分で考える場合、自動車業界の外にいてヌメ革ばかり扱っている厳しい職人さんが見ると、フルグレインではないと言うかもしれません。これだけ銀面が残っていればまず心配ないとは思いますが、自動車用レザーが家庭用ソファーや椅子では考えられないような厳しい条件で利用されることは、レザー関係者には周知となっています。そのため、どうしても表面に何かしら盛っているという印象を持たれています。

そうすると、これだけタッチ感も申し分なく風合いも素晴らしく何よりとても柔らかいこのレザーが、自動車業界の外からの定義によっては、ナッパレザーを名乗れない恐れもあります。

幸いこのLアニリンはセミアニリン仕上げである以上、どの方向からどのような厳密なセミアニリンレザーの定義が振りかざされても、セミアニリンレザーは名乗れます。当然、独自に名付けられた上位名称である「Lアニリン」も輝きを失いません。

といっても、セミアニリンレザーにも死角はあります。本来であれば染料が主体で顔料は少量というのが常識的な定義ですが、実際のところ染料と顔料の厳守すべき割合など定められていません。染料と顔料で仕上げさえすれば一応はセミアニリンなので、染料染めをした意味がないほど顔料を塗りたくっても一応はセミアニリンです。ただ、そんなことをして質感を出すのは至難の業でしょうし、さすがにそれが許される空気はどの業界にもないはずです。

具体的な統計を取ったわけではありませんが、自動車業界にはセミアニリンレザーが増えてきているように感じています。5年前、10年前に比べるなら、カタログ上に登場する頻度は上がっているはずです。

その背景には、セミアニリンレザーが質の良いレザーとして旬な名称であることに加え、現状ではセミアニリンの定義の穴を付くような質の悪いレザーがほとんど紛れ込んでないこともあるかと思います。セミアニリンという言葉の良いイメージはまだ保たれています。そこへ、セミアニリンの土俵でさらに上質なエルアニリンレザーが開発されたりするわけですから、まだまだ旬は続くことでしょう。

さいごに

以上、フルグレインレザーとナッパレザーとセミアニリンレザーについて見てきましたが、自動車業界では特に厳密な定義が難しいというイメージを少しでもお伝えできたなら幸いです。次に自動車用レザーで記事を書くとすれば、またメーカー独自に名称を設定しているレザーに戻る予定です。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Related Article

  1. コメントはありません。

  1. トラックバックはありません。

*

最近の投稿