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「面白いクルマめっけ!」と、ドラレコの補助であるとっさのデジカメ撮影が、

こんなことになってしまうことがあります。ダッシュボードの縫い目にピントが合ってしまい、気づいたときにはシャッターを押している、と。

本来は、

一発でこのように撮るつもりだったというパターン。縫い目のステッチが存在しなければオートフォーカスに狙われることもなく失敗も減るのでしょうが、そんなことを言っても始まりません。そもそもドライブレコーダーだけでも良いのですが、ドライブレコーダーのフルHD画質から画像を切り出しても、静止画像としては200万画素程度になってしまいます。フルHDの1920×1080で207万3600画素。静止画像として考えるならデジカメのほうが断然良いというわけです。いざというときのためのドラレコなので、こんなことをしているのは本末転倒なわけですが…。

そんな本末転倒からふと思いついた今回のネタは、「ダッシュボードの革」です。車のシートに使われる革にはたくさんの種類がありますが、ダッシュボードとなると合成樹脂が主流の領域ですから、種類もやや限られているように感じます。シートよりも強い日差しを浴び、少なからず熱も帯びるエリアです。革なら何でも良いというわけにはいかないのではないでしょうか。そんなことを考えつつ、見切り発車で進めていきます。

まずは、ドイツの車で多く使われてるように感じるのが、

ナッパレザーという種類の革です。上記画像はBMW最新のX6Mなのですが、年季の入った私のクルマもこの革になります。シボシボしていなくてすっきり、しっとりとしています。『革および革製品用語辞典(日本皮革技術協会)』によると、「牛皮から作られた柔軟な甲革や袋物用革などもナッパということが多い」とのことで、ナッパレザーは柔らかいこともその特徴の一つとなっています。ただ、シートならともかくダッシュボードに張られているので、よほどの場合でもない限り、触っても革そのものの柔らかさの違いを言い当てることはできかねます。ダッシュボードでのレザーの柔らかさについては革の下の素材にも左右されてしまいます。

BMWが用意するシボ無しのしっとりレザーにはもう一つ、

メリノレザーというのがあります。上記アクティブハイブリッドX6のダッシュなどに採用されています。BMWのM社が提供するIndividualプログラム専用の革であり、

牧場の段階から生産管理されているので、虫さされすらないものだけが選ばれるという贅沢品質です。Individualプログラムでは、

ナッパも同様の管理がなされているので、BMWが社としてナッパとメリノをどう使い分けているのかはわかりません。ただ、こだわりはひしひしと伝わってきます。

そして、アウディでも同じく、

ナッパレザーが使われています。これはR8のダッシュボードですが、これ見よがしのステッチも抑えられ、助手席面など大変シンプルかつ綺麗にまとめられています。そして、BMWのM社がIndividualで提供するメリノやナッパに呼応するかのように、アウディにもクワトロ社がエクスクルーシブで提供するバルコナレザーやナッパがあるのですが、バルコナはあくまでシートのみでの採用となっており、A8のW12気筒ロングでも、

ダッシュはあくまでナッパとなっています。

さらに、日産が誇るGT-Rのエゴイストでも、

ダッシュはやはりナッパとなっています。ただ、エゴイストの場合はシートだけはセミアニリンレザーという革が設定されています。

セミアニリンレザー。

最近ナッパと並んで高級車に採用されることが増えている革です。ダッシュにまで使われることはまだ少ないようですが、それでもたとえば、

メルセデス・ベンツのS63AMGには採用されています。エクステリアどころか内装まで持ち込まれたその押し出しの強さもあって、質感の高さと言うべきか何と言うべきか、なるほど高そう、そんなダッシュです。ベンツも昔はナッパが主体だったようですが、最近はほとんどの車種でセミアニリンに移行してきているようです。

同じくセミアニリンといえば、

フェラーリも全車種で採用しています。上記はフェラーリFFですが、FFに限らず他の車種でもポルトローナフラウ社という高級家具メーカーからセミアニリンの供給を受けています。セミアニリンという呼び名より、ポルトローナフラウという社名のほうが前面に出ているのが興味深いです。ポルトローナフラウのHPでもフェラーリと契約していることが紹介されているのですが、スケドーニのHPでも同じくフェラーリに提供していることが明記されています。革供給の安全保障対策かどうかはわかりませんが、これほどの高級車であっても複数社から供給を受けるのが通例のようです。ちなみに両社のHPにはマセラティなど他メーカーの名前もありましたが、今回はダッシュボード限定の話なので、たとえばマセラティのクワトロポルテやグラントゥーリズモのダッシュボードは上面が合成樹脂につき省略しました。

さておき、ここで気になるのはナッパレザーとセミアニリンレザーの違いです。結論から言うと、ナッパは「革のタイプ、状態による分類」で、セミアニリンは「仕上げ方法による分類」なので、両社を比較する行為は少しズレていることになります。

『皮革ハンドブック(日本皮革技術協会)』や『革および革製品用語辞典(日本皮革技術協会)』を読んでもピンと来なかったので、東京都立皮革技術センターに問い合わせて確認させていただきました。

まず、アニリン仕上げとは、着色するときに染料だけで仕上げる手法であって、肌の綺麗な傷のない皮を素材にし、天然の風合いを最大限に表現できる仕上げ方法です。この仕上げが一番透明感があり、革としての高級感も出すことができます。この仕上げを施した革をアニリン革(アニリンレザー)と呼び、便宜上わかりやすく表現するなら「アニリン仕上げ革」となります。革が硬いとか柔らかいは関係なく、この仕上げが施されていればアニリン革と呼ぶことができます。

セミアニリン仕上げとは、染料だけではなく顔料も少し使う手法です。素材となる皮の表面(銀面)に傷があったり荒れている場合には、この粉末顔料(微粒子)を加えることによってスムーズにカバーリングができます。この仕上げを施した革がセミアニリン革(セミアニリンレザー)で、同じくわかりやすく表現するなら「セミアニリン仕上げ革」となります。こちらも革の硬い柔らかいは関係なく、硬かろうが柔らかかろうがこの仕上げが施されていればセミアニリン革となります。

そして、ナッパ革(ナッパレザー)とは、銀面付きで毛穴の見えるような柔らかいタイプの革を広く指す言葉であって、ナッパ仕上げという手法は存在しません。このナッパはそもそもは羊やヤギの柔らかい銀面付き革だけを指す言葉でした。しかし、広く時代が下っていく中で、「銀面付きで柔らかい革なら羊やヤギに限らず牛でも良いのではないか」ということになり、牛革に対してもナッパという呼び名が使われるようになりました。ちなみに、ナッパという名称は羊やヤギ時代の生産地であるカリフォルニアの町名ナパ(Napa)に由来します。

つまり、ナッパレザーにセミアニリン仕上げが施されてセミアニリンレザーと呼ばれることもありますし、そのような仕上げが施されてあった場合でも、銀面付きで柔らかい革であるなら同じ革なのにナッパレザーと呼ばれることもあります。「ナッパレザーとセミアニリンレザーの違い」や「ナッパレザーvs.セミアニリンレザー」などという比較は、職人の方に言わせると比較軸が全く噛み合っていない頓珍漢な比べ方になっているとのことです。確かに、色々と説明を頂戴して改めて振り返ると、このような比較には無理がありました。

さて、次もナッパとかセミアニリンのような皮革辞典上の単語を押しのけて社名が出てくるパターンです。

アストンマーチンは全車種で、

Bridge of Weir(ブリッジ・オブ・ウィア)社の革を使っています。これはラピードのダッシュですが、わずかに見えるシボの寄り方と言いますか、風合いが他の革と異なっています。「皮を鞣(なめ)して革にする」の革なのですが、皮の自然な風合いが残っている、そんな寄り方に見えます。ダッシュのところどころが実にデリケートそうで、超一級の上質な革というのも一長一短だなぁと思ってしまいました。

「ダッシュのこの部分は0.4mmでこの部分は0.8mm」などなど、張る箇所ごとに鞣される薄さは異なるものですが、このラピードのダッシュは一部が相当に薄いな、そう感じてしまいました。実際はそこまでではないんでしょうけども。

そして、ブリッジ・オブ・ウィア社のHPを見るとアストンマーチン以外にもAMGやジャガー、リンカーンにフォード、そしてインフィニティなどの名前が挙がっています。ただ、ブリッジ・オブ・ウィアと一口に言ってもその革にはいくつかのグレードが存在しているので、全メーカーに同じグレードが供給されているわけではありません。また、同じ会社であっても全車種に同じグレードの革が供給されるわけでもありません。たとえばアストンマーチンには「luxmil(ラクスミル)」という最上級のグレードがおごられていますが、シグネットにはラクスミルは採用されず、少し下のグレードが採用されています。少し下のグレードとはいっても、某高級スポーツカーメーカーがわざわざオプションで用意している革よりは数段上とのことなので…恐るべし!

また、人気沸騰中のレンジローバーのイヴォークには、

オックスフォードレザーが採用されています。オックスフォードレザーとはセミアニリンでもあるのですが、そんな手法名を押しのけてオックスフォードの名が鎮座します。そもそもはオックスフォード地方で鞣された革を広くオックスフォードレザーと呼んでいたようで、現在ではコノリーレザーがいなくなった跡の空白地帯を埋めるようにその呼び名が使われています。両者は当然別物なのですが、何となくそうなっています。オックスフォードレザーとは何かについての明確な定義もありませんので、必ずしもコノリーレザーと同等の品質を持たない革もあることでしょう。

オックスフォードレザーについては厳密な定義が難しいのですが、この漠然さには英国の方々の英国意識も関係しているような気がします。

上記イヴォークが世界で初めて、真っ先に納車された先は英国王室です。新しい車種の第一号納車は英国王室へという慣習のあるメーカー故です。世界中で数万台のバックオーダーを抱えても、英国内のヘイルウッド工場でしか生産しません。フル稼働で地元の雇用を吸い取りながら頑張っています。他の英国車メーカーも事情は大体同じです。ドイツのフォルクスワーゲングループとなったベントレーも、本社工場は英国内のクルーにあります。BMWグループとなったロールス・ロイスも、グッドウッドを本拠地に選びました。むしろ海外資本が入ったときほど、「英国」を強く意識した動きを見せているようでもあります。英国外の経営者には「英国人の英国意識」が肝だと映っているのかもしれません。BMWでロールス・ロイス再建に取り組んだロールス・ロイス取締役の一人リチャード・カーター氏も、NHKのインタビュー内で「ただ新しい車を作ればいいわけではなかった。”The car had to be essentially British”」と語りました。まぁロールス・ロイスは特別かもしれませんが…。

世界中で英語が使われているので何らかの「外部」と接するたびに無意識に自国英国を再認識している国でしょうし、日本から見ると開かれ過ぎていて(物理的には)手が届きそうな王室も、やはり英国を意識する土壌に一役買っています。しかも、伝統が長いから伝統を重んじるのか、伝統を重んじるから伝統が長くなったのかはわかりませんが、英国意識を援護する伝統には事欠きません。

元来の生産地Napaの外で生産されてもその名称が使われるようになったナッパレザーのように、英国の外で生産された革がオックスフォードレザーを名乗れる時代は来るでしょうか。たぶん来ないはずです。彼ら彼女らの英国意識が許さないでしょう。逆に言うと、英国企業がオックスフォード近辺で生産し、しかもオックスフォードの名を汚さない品質を維持しているのなら、勝手にオックスフォードレザーを名乗っても許されそうです。あくまで想像ですが、このような暗黙の線引きがあるんじゃないかとふと考えてしまいました。

明確な定義付けもないままにただ何となく使われているようにすら感じるオックスフォードレザーという呼び名ですが、意外と自然な成り行きなのかもしれません。

マニアックなネタな上に駄文きわまりなくなってきたのでどこかに着地点はないかと探し始めているのですが、ダッシュボードに限っても結局、実にたくさんの革が採用されています。そしてそのどれもが高級感を追求しています。ダッシュボードがレザー張りだと確かに乗り込んだとき、あるいはドアを開けたときの第一印象からして違います。各メーカーが相次いで開拓していくのも頷けます。しっとり感が溢れる革であればステッチを見なくとも革だとわかりますし、革の質感だけで勝負できます。そこに加えて、ベンツはデジーノ、BMWならインディビジュアル、アウディならエクスクルーシブ、それより価格帯が上のいわゆる高級車ベントレーにアストンマーチンなら恐らく通常のオーダーで、さらに細かな指定ができます。ステッチの色や縫い方、幅、糸の太さ等。革だけでも室内空間の印象を様変わりさせられるのに、それらの組み合わせの妙でさらなる別次元の空間を生み出せることでしょう。

その一方で、それらメーカー間での革の比較は非常に難しくもあります。

同じメーカー内ですら多くの革が用意されているので、

他社の革までをも含めればおそらく三桁にのぼる革をソムリエのように、それぞれの特製を説明して案内できる方はそうそういないのではないかと思います。

さらに、上質さや高級感を追求したデリケートな革であればあるほど、ダッシュボードにおいてはひび割れのリスクが付きまといます。車内温度の検証はJAFの十八番ですが、外気温がたったの23度しかない四月の実験でもダッシュボードは70度を超えています。ましてや夏場のダッシュボードは80度ということなので、屋外保管はおろか屋内保管でも繊細な革にとっては厳しい環境といえます。ではもっと熱に強い革に仕上げようとすると、どうやらそれは上質さや高級感と両立できなくなるようです。そもそもの話として、熱で縮んだり気候に左右されるからこそ生きてる本革なんだ、という話でもあります。

このようなリスクまで考えていくと、スピンドルグリルをひっさげて登場したレクサスGSのように、

ステッチはあるけど実は本革(天然皮革)ではなく合皮(ソフトレザー)というダッシュボードは、意外と潔いのかもしれません。まぁ、ウッドパネルではなくウッド「調」パネル、レザーではなくレザー「もどき」というのは、メーカーによっては絶対に受け入れられないところもあるとは思います。「それをやれば私が私でなくなる」という感じで…。

しかし思うに、高級素材のアルカンターラであっても、言ってしまえば人工皮革の一種です。いつの日か、昔のコノリーブラザーズ社のAutolux(オートラックス)より上質で、ブリッジ・オブ・ウィア社のラクスミルより高級で、熱で縮んで見せるけど数日で戻るような生き生きとした姿を見せ、触れるとまるでソファーの隙間に指を潜り込ませたときのような得も言われぬ心地良さに包まれる、そんな究極の革もどきが誕生する可能性もあるかもしれません。

そんな究極のレザーダッシュボードを期待しつつ、今回はこの辺で。

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    • AMGナッパーレザーです。
    • 2015年 1月 22日

    詳細な研究に敬服いたしました。これ以上に正確で、多く車種に言及されている投稿は無いと思います。
    私の疑問は全て解消されました。貴重な研究成果に、感謝申し上げます。

      • ultimative
      • 2015年 1月 23日

      身に余るお言葉をいただき恐縮です、ありがとうございます。
      このジャンルはこの先きっちりと仕上げていこうと考えています!

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